ノンアルコールであることは、能動的な「選択」です
Sun&R.Lab を起業してから、ふと感じるようになったことがあります。「飲まない」という選択が、いま社会のなかで意味を変えつつあるのではないか、と。
これまでノンアルコールは「飲めない人のための代替」という位置づけが主流でした。健康診断で休肝日を勧められた人、車で来た人、妊娠中の方、宗教的・文化的にお酒を控える方。彼らに対する「やむを得ない」選択肢として、ノンアル飲料は提供されてきました。けれど、ここ数年、この前提は静かに崩れています。
サントリー社が 2024年6月に発表した『ノンアルコール飲料に関する意識調査』では、需要拡大の背景として 「健康志向」「若年層の嗜好変化」「訪日外国人」 という三つの要因が指摘されました。さらに IMARC Group の市場予測によれば、日本のノンアルコール飲料市場は 2025年以降、年平均 7.7% の成長が見込まれています。これは清涼飲料水全体の成長率を大きく上回る数字であり、もはや「ニッチな代替市場」ではなく 「主流側へ動きつつあるカテゴリ」 であることを示唆しています。
私が Sun&R.Lab を立ち上げた根っこにあるのは、この質的転換 — 「飲めない」から「飲まないことを能動的に選ぶ」 — を、ラグジュアリーホスピタリティの現場で 対等な体験 として根付かせていきたい、という思いです。
テロワールという、シンプルではない概念
ブランド名に「Lab」と付けたのは、私たちが研究室のように、絶えず新しい素材と向き合い、開発と検証を重ねていく組織であることを示したかったからです。けれど、実は社名以上に経営の核に置いているのが、「テロワール (Terroir)」という言葉です。
テロワールとは、もともとワインの世界で用いられる概念で、Hugh Johnson と Jancis Robinson による『The World Atlas of Wine』第8版によれば「土壌・気候・地形・人の介入が織りなす、特定の場所固有の表現」と定義されます。1855年のボルドー格付け、ブルゴーニュの区画 (クリマ) 細分化、そして近年のニュージーランドや日本のワイン産地の台頭。これらすべてが、「土地の個性は、味わいに刻印される」という経験則の積み重ねです。
私はこの概念を、単なる原料の特徴記述としてではなく、「土地の物語と作り手の手仕事が、ひとしずくに宿る」 という経営の指針として捉え直しています。経営思想として翻訳してみると、テロワールは三つの問いとなって自分のなかに残ります。
第一に、「この土地でしか生まれ得ないか」。差別化の問いです。世界のどこかで再現可能なものは、結局のところ価格競争に呑まれます。テロワールは、本質的に複製不可能な価値を生みます。
第二に、「作り手の哲学が、製品に宿っているか」。属人性の問いです。誰が作ったのかが、消費者にとって意味を持つかどうか。これは「物語性」の経営的応用です。
第三に、「時間をかけて、価値が深まる構造になっているか」。持続性の問いです。ワインのヴィンテージのように、年月が価値を増幅する設計。これが私たちが追い求めている事業構造です。
なぜ3事業並列なのか — 「土地・人・物語」を多面的に磨くため
Sun&R.Lab は3つの事業を並列で運営しています。
- Maison Brand 事業: ノンアルコール飲料の自社プロダクト (B2B / 将来 B2C) — 商品ブランドは NEIGE & THÉ (ネージュ・エ・テ、新潟県村上市発祥)
- Non-Alcohol Agency: 飲食・宿泊事業者への伴走支援 (5領域: 集客 / 単価 / マネタイズ / チームアップ / DX)
- BizDev: 受託開発・新規事業伴走 (電力・物流・AI・ラグジュアリーブランド)
一見バラバラに見えるこの3事業は、私のなかではすべて 「土地・人・物語」というテロワールの三要素を、別の業種で磨く ための装置です。
NEIGE & THÉ では、農林水産省が登録する地理的表示 (GI) 100品目超の素材を一つひとつ眺めながら、ノンアル飲料に最も適したテロワールを探っています。生産者と直接対話し、栽培者の哲学をボトルに閉じ込める作業を、これからも積み重ねていく予定です。
Non-Alcohol Agency は、ホスピタリティ事業者の「土地」(立地・施設の世界観)、「人」(シェフ・ソムリエ・支配人)、「物語」(ブランドの歴史と方向性) を読み解き、NEIGE & THÉ のプロダクトを最適配置していく事業として設計しています。これは販売活動であると同時に、テロワール思考の現場応用でもあります。現在は事業立ち上げの初期フェーズにあり、共創パートナーとなってくださる料飲事業者の方々を、丁寧に発掘している段階です。
BizDev では、電力・物流のような大規模インフラ業界、AI・メタバースのような新興領域、ラグジュアリーブランドのような感性産業 — それぞれに固有のテロワール (規制環境、技術スタック、顧客文脈) を読み解きながら、事業として成立させる伴走を続けています。
つまり、私のなかでは「ノンアル飲料を作る」も「IT受託をする」も「コンサルする」も、すべて同じ問いの異なる現れなのです。「ある場所でしか生まれ得ない価値を、誰がどんな哲学で作り、どんな物語として届けるか」。これが Sun&R.Lab の経営の核です。
ミシュラン現場という、最も厳しい審査員
NEIGE & THÉ は、ミシュラン星付きレストラン、ラグジュアリーオーベルジュ、五つ星ホテルでの導入実績を持ちます。なぜそうした店舗を最初の対話相手に選んだのか。
理由は明快です。世界水準の感性で評価されることが、製品を本物に育てる最短ルート だからです。彼らの料理長・ソムリエ・F&Bマネージャーは、毎日数十種類のワイン・スピリッツを試飲し、世界のトップ生産者の最新ヴィンテージに触れています。彼らの舌が「これは対等だ」と認めた瞬間、製品は「ノンアルコール代替品」というカテゴリーから卒業します。
私は事業を始めるにあたって、自分自身に一つの基準を置きました。ミシュラン現場の感性で評価されるレベルを、製品づくりの北極星にする。これは絶対のゲートというより、迷ったときに方角を確かめる星のようなものです。世界水準の舌で磨かれたものを、ゆっくりと、しかし確実に、世界へ届けていきたい。安易な大量生産や価格競争に流されないための、自分への約束でもあります。
「開栓するだけで、テロワールの物語が始まる」 — これは広告コピーではなく、製品設計の指針そのものです。提供現場でのオペレーション負荷を最小化し、スタッフの経験に依存しない安定品質を、ボトル一本ごとに封じ込める。技術的にも経営的にも、これが NEIGE & THÉ の核となる規律です。
生産者との対話、そして時間という資源
テロワール経営の現場性は、最終的には 生産者との関係性 に集約されます。私が農林水産省 GI 登録一覧を一行一行眺めながら考えるのは、「この登録の背後に、どんな人の何十年があるのか」ということです。
たとえば国の地理的表示 (GI) に登録された産地のぶどう山椒は、急傾斜地での収穫作業を毎年初夏に行う栽培者たちの手仕事に支えられています。山椒の小さな実を、サンショオールが最も豊かに乗る数日のうちに摘み取らねばならない。栽培者が「今日だ」と判断した日に、こちらも動ける体制を組む。これは流通量や原価交渉の前に、まず 時間という資源を、生産者と同期させる ことを意味します。
ホテルやレストランへ商品を納める前段階で、私たちは生産者と何度も対話します。「この素材を、どう抽出すれば、香気成分の偏りを最小化できるか」「ヴィンテージごとの違いを、どう物語として表現できるか」。料理本のテイスティングノートのように、そのボトル一本に関わる全関係者の哲学を、言語化していきます。
これは時間がかかります。けれど、時間をかけることが、結果として最大の差別化になる。これが Sun&R.Lab の運営の規律です。
「品格を保つ」という経営判断
Sun&R.Lab のブランド運営には、いくつか自分自身に課した禁則があります。
安売り訴求はしません。 「激安」「今だけ」「爆売れ」のようなコピーは、ラグジュアリーホスピタリティの世界観を毀損します。価格で買われるブランドは、価格でしか選ばれなくなる。これは経営の単純な真理です。
機能性訴求 (薬機法グレー) はしません。 「効く」「痩せる」「治る」といった表現は、食品である NEIGE & THÉ には不適切ですし、何より Sun&R.Lab が提供したい価値とは別の文脈に属します。私たちは「健康効果」ではなく「美食体験」を売っています。
「ノンアル=我慢」というフレーミングは使いません。 これは冒頭で書いた通り、能動的選択としてのノンアルコールという市場転換と矛盾します。表現一つで、ブランドが立つ位置が変わります。
これらの禁則は、一見すると自由を制限しているように見えて、実は 判断の速度を上げる ことに貢献しています。「これは禁則に触れるか?」という単一の問いで、コピー・キャンペーン・パートナーシップの可否を即決できる。経営思想とは、案外こういう実務的な道具だったりするのだと、運営しながら気づきました。
これから — テロワールを世界の架け橋に
2026 年、私たちは NEIGE & THÉ のEC立上げに着手します。ミシュラン現場で磨かれた品質を、より広い世界 — 個人のギフト需要、海外バイヤー、インバウンドゲスト — へと届けるためです。観光庁『訪日外国人消費動向調査』2025年第1四半期版によれば、訪日客の体験消費は引き続き増加傾向にあり、「日本でしか得られない味覚体験」への需要は確実に存在します。
そして FY27 以降、海外展開へと駆け出します。中東のラグジュアリーホテル、欧米のミシュラン星付き、アジアの新興富裕層市場 — 日本のテロワールが、世界の食卓のお供として認知される未来を、本気で目指しています。
3事業並列の意味も、ここで明確になります。NEIGE & THÉ が世界へ出ていく際、Non-Alcohol Agency で培ったホスピタリティ事業者へのオペレーション知見と、BizDev で培ったグローバル事業開発の方法論が、合流して武器になる。私たちは「単一プロダクト企業」ではなく、「テロワールという経営思想を異業種に展開する事業体」として、ゆっくりと、しかし確実に育っていきます。
一杯の背後にある、循環の経済
最後に、Sun&R.Lab の Purpose を再確認しておきたいと思います。「繋がりのチカラで、豊かさと幸福が循環する世界を実現」。これは抽象的なスローガンではなく、事業設計そのものです。
ノンアル飲料のひとボトルが売れるとき、その対価は単に Sun&R.Lab の売上ではありません。生産者への適正対価、料理現場での体験価値、ゲストのSNS発信を通じた次の認知、再来訪者の増加 — こうした循環の起点として、ボトルは機能しています。一回限りの取引ではなく、価値が戻ってくる仕組み として一杯を設計する。これが「循環」という Values の具体化です。
私たちの Values は5つあります。繋がり / 循環 / 共創 / 探究心 / 笑顔。すべて抽象的に見えますが、Sun&R.Lab の日々の判断基準に直結しています。新規顧客を取るかどうかではなく、その関係性が「繋がり」「循環」を生むかどうか。価格交渉の前に、お互いの「探究心」が共鳴するかどうか。最終的に、関わる全員の「笑顔」につながるかどうか。
経営とは、究極的には「どの選択肢を捨てるか」の連続です。Sun&R.Lab は、Values に合わない選択肢を、いくらお金になっても、戦略的にお断りすることがあります。それが、ブランドを長期的に磨く唯一の方法だと信じているからです。
共創してくださる生産者・料飲プロフェッショナル・パートナー企業の皆様。Sun&R.Lab という小さな組織が、世界の「飲まない選択」の質を引き上げる旅に、ぜひお付き合いください。
NEIGE & THÉ — Operated by Sun&R.Lab LLC. お問合せ: sun.r.lab@gmail.com
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出典
- · サントリー『ノンアルコール飲料に関する意識調査』2024年6月発表
- · IMARC Group『Japan Non-Alcoholic Beverage Market Report』2025年版 (年平均成長率7.7%予測)
- · 経済産業省『未来の教室』ビジョン (共創概念の経営応用)
- · 農林水産省『地理的表示 (GI) 保護制度』登録一覧
- · 観光庁『訪日外国人消費動向調査』2025年第1四半期
- · Hugh Johnson, Jancis Robinson『The World Atlas of Wine』第8版
